2010/03/13

読書日記『神去なあなあ日常』三浦しをん

『神去(かむさり)なあなあ日常』 三浦しをん, 徳間書店, 2009年



p.62---
とにかく、春の勢いはすごい。これまではモノクロにくすんでいた画面に、一瞬で色がつくみたいだ。
どんな特撮技術を使っても、この鮮やかな景色の変化は表現できないだろう。
変化は景色だけじゃなく、においにも音にも現れる。冬のあいだは硬く冷たく流れる川が、
草木が芽吹きはじめるのとほぼ同時に、さらさらと優しい音に変わる。
水は澄みわたって、甘い香りがする。
金色に輝く川底の砂に、透明なメダカの群の影が映っているのを発見し、
俺は思わず声を上げてしまった。
---------


三浦しをんさんの文体は読みやすくて大好き。
大学生協で見つけた、『ロマンス小説の七日間』という文庫が、
私が初めて読んだ三浦さんの作品。
あちらは大学を卒業した女性の、恋愛についてのお話だったので、
"お付き合い"というのを知らなかった当時、
実はあんまり、主人公の葛藤に共感できなくて、やきもきした。

でも、あとがきの、自由に語る三浦さんの言葉がとても面白くて、とても印象に残った本だ。
その後、『風が強く吹いている』(読み終わった頃に、映画化の話を知った。)、
『まほろ駅前多田便利軒』(読み終わった頃に、続編の発表があった。)と、さくさく読んだ。




『神去なあなあ日常』は、今まで読んだ中で、一番好きな三浦さんの作品になった。

高校を卒業したばかりの男の子が、担任の先生と母親のもくろみで、
1年間の林業研修生となって、三重県の山奥に放り込まれるストーリー。
最初は戻りたいとばかり思っていて、何度も逃げることを試みた彼だけど、
人の良いリーダーや、家に居候させてもらっている兄貴分の存在や、
あと、気になる女性の登場もあり、更に少しずつ山の持つ力に魅せられ、
もくもくと林業に取り掛かっていくようになっていく。

彼の正直で、元気よくて、そして自然の細かい動きをしっかりと見つめる繊細さが魅力的。
彼が伝えてくれる神去村の景色は、とても美しい。
抜粋した川の水の描写に、ほれぼれする。
自分の親の田舎の山の中で、まさに自分が見て感じたことのある感覚が、
そのまま文章となって表されていて、感動した。


他にもたくさん、自然の情景描写があるので、多くの人に味わってほしいなぁと思う。


4章とエピローグで構成されているこの物語。
概ね一つずつの季節のできごとが描かれている。
村という社会で生きることについてや、兄貴分夫婦のバカップルぶりや、
村独特のお祭りの様子や、神掛かった神去山での不思議なできごとや…。

もちろん、林業についての作業内容も本格的に描かれていて、
主人公と一緒になって、高い杉を登ったり枝打ちする気分になれる。

数ヶ月したら、また読みたくなりそうだ。そうして、神去山の雰囲気に浸りたい。